保育施設における医薬品管理・与薬に関するリスク管理と実践体制
はじめに:保育施設における医薬品管理・与薬の重要性
保育施設において、病気の子どもが日常的に使用する医薬品の管理と与薬は、子どもの健康と安全に直結する極めて重要な業務です。保護者から預かった医薬品を適切に管理し、医師の指示に基づいて正確に与薬することは、誤与薬や投薬忘れといった重大な事故を防ぐために不可欠な責任となります。
園長先生におかれましては、長年のご経験の中で、様々な状況下での医薬品管理・与薬の難しさを肌で感じていらっしゃることと存じます。特に、複数の子どもに対する与薬、形状や名称が似た医薬品の取り扱い、体調の急変、連携する保護者や嘱託医との情報共有など、リスク要因は多岐にわたります。
本稿では、保育施設における医薬品管理・与薬に関するリスクを最小限に抑え、安全性を確保するための実践的な体制構築と運用について考察してまいります。
保育施設における医薬品管理の基本原則
安全な与薬は、厳格な医薬品管理から始まります。以下の点を基本原則として、施設の管理規程に明確に定め、職員全体で共有・実践することが重要です。
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持ち込みルールの明確化:
- 保護者からの医薬品持ち込みに関する明確なルールを定めます。原則として、医師の処方薬または診断に基づいた市販薬に限定し、医師の「与薬指示書」またはそれに準ずる書類の提出を義務付けることが望ましいです。
- 医薬品名、用量、与薬方法、与薬時間、期間、注意事項などを具体的に記載した指示書に基づき、内容を確認・把握します。
- お預かりする医薬品には、必ず記名(氏名、クラスなど)を徹底するよう保護者にお願いします。
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適切な保管場所と方法:
- 医薬品は、子どもたちの手の届かない、施錠可能な専用の保管場所に置きます。
- 光や湿気を避け、製品の添付文書に記載された保管方法(常温、冷蔵など)を遵守します。
- 個々の子どもの医薬品を明確に区分けして保管し、取り違えを防ぎます。
- 使用期限を確認し、期限切れの医薬品は適切に処分または保護者に返却します。
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受領・引き渡し・廃棄の記録:
- 保護者から医薬品を預かる際には、その種類、量、状態などを相互に確認し、記録簿に記載します。
- 使用済み、あるいは不要になった医薬品を保護者に返却する際も、同様に確認・記録を行います。
- 園内で廃棄する場合は、安全かつ環境に配慮した方法で行い、その記録を残します。
安全な与薬実施のための実践手順
医薬品管理に加え、与薬実施時の具体的な手順を標準化し、徹底することが安全性を高める鍵となります。
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「5つの確認」の徹底: 与薬を行う際は、必ず以下の「5つの確認」を声に出して行います。
- 誰に? (Right Patient): 与薬する子ども本人であるか、氏名、顔、クラスなどを確認します。
- 何の薬? (Right Drug): 渡された薬が、指示書と照らし合わせ、子どもの名前と一致するか確認します。
- いくら? (Right Dose): 指示書に記載された用量と一致するか、正確に計量・確認します。
- いつ? (Right Time): 指示された時間通りか確認します。
- どのように? (Right Route): 指示された方法(内服、外用、点眼など)で与薬します。
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複数職員による確認(ダブルチェック・トリプルチェック): 特に内服薬など、誤与薬のリスクが高い医薬品については、可能な限り複数の職員(最低2名)で「5つの確認」を行います。一人が準備し、もう一人が独立して確認するなど、役割分担を明確にすることが有効です。
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与薬記録の実施: 与薬の事実、時間、与薬量、与薬した職員名、子どもの状態などを詳細に記録します。この記録は、万が一の事故発生時の検証や、保護者・医師への報告に不可欠です。与薬記録簿の様式を統一し、全職員が適切に記録できるよう指導します。
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与薬時の声かけと見守り: 与薬を行う際は、子どもに優しく声かけを行い、何を飲むのか(使うのか)を説明します。与薬後は、正しく服用できたか、あるいは塗布できたかなどを見守り、異常がないか観察します。
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保護者への報告: 与薬が完了したことを、連絡帳や個別の声かけなどで保護者に報告します。与薬記録簿のコピーを渡したり、サインをいただいたりすることも、情報共有と連携を深める上で有効です。
リスク管理と体制構築の視点
単に手順を定めるだけでなく、組織としてリスクを管理し、安全な体制を継続的に維持するための視点が必要です。
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ヒヤリハット・事故情報の活用: 医薬品管理や与薬に関するヒヤリハットや事故が発生した場合は、原因を徹底的に分析し、再発防止策を検討します。重要なのは、担当者を責めるのではなく、システム上の問題点を洗い出し、組織全体で改善を図ることです。得られた教訓は職員全体に共有し、研修に活かします。
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定期的な職員研修: 医薬品管理・与薬に関する研修を定期的に実施します。新しい職員には必須とし、既存職員にも年〇回など定例化します。研修内容は、基本的な手順、5つの確認の徹底、誤与薬事例からの学び、緊急時の対応などを含めると良いでしょう。
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安全管理規程への反映: 医薬品管理・与薬に関する具体的なルール、手順、記録様式、緊急時対応などは、施設の安全管理規程に明確に記載します。これにより、施設全体で統一された基準に基づき対応できるようになります。
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保護者との連携強化: 医薬品持ち込みルールや与薬に関する施設の考え方、協力をお願いしたい事項などを、入園説明会や園だよりなどを通じて保護者に丁寧に伝えます。保護者からの情報提供が不正確であったり不足していたりすることがリスクにつながる場合もあるため、密なコミュニケーションが重要です。
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嘱託医・薬剤師との連携: 医薬品管理・与薬について不安な点や疑問がある場合は、施設の嘱託医や地域の薬局の薬剤師に相談できる体制を構築しておくと安心です。
まとめ:子どもの命を守るための継続的な取り組み
保育施設における医薬品管理と与薬の安全確保は、マニュアル作成や手順確立だけで完結するものではありません。職員一人ひとりの高い安全意識と、組織全体での継続的な取り組みが不可欠です。
園長先生におかれましては、本稿で述べた基本原則、実践手順、リスク管理の視点を参考に、改めて貴園の医薬品管理・与薬体制をご確認いただき、必要に応じて見直しや改善を進めていただければ幸いです。子どもの大切な命を守るため、共に安全な保育環境を築いていきましょう。